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ベストセラー作家の実像
「松岡圭祐の巻」
松岡圭祐さん(34)の小説「千里眼シリーズ」は、驚くべき内容に満ちた迫真のサスペンス巨編だ。社会派冒険小説の要素を取り入れた現代ミステリ文学の名作とする声もある。加えて、同シリーズが"予言"してきた数々の社会現象や事件――話題となっている作品の著者に、インタビューを試みた。

驚くべき予言の数々が話題に



 
「催眠」「千里眼」をはじめとする松岡圭祐作品は、面白いけれども荒唐無稽なコミック調の展開が売り物で、いわゆる"文芸"とは別物であり、あくまで娯楽大衆小説のひとつと考えられることが多かった。

だが実際には「煙」など、燻し銀ともいえる文学ミステリの傑作も著しているのである。松岡圭祐はあたかも古の作家・江戸川乱歩や横溝清史のように、娯楽作品と文芸作品を明確に区別し、文体も読者層も完全に書き分けているようだ。両者に共通するのは、ぐいぐいと惹きつけてやまない強烈なリーダビリティだけである。このため松岡作品の読者は、「千里眼」を好む「娯楽派」と、「煙」を愛する「文芸派」に大きく二極化され、同じ作家のファンでありながら両者は相容れないものと考えられてきた。

ところが、ここへきて累計250万部を突破する「千里眼」シリーズに、単なるエンターティメント文学以上の価値を見出す動きが活発化してきた。ジャーナリストの井倉道徳氏(42)もそのひとりだ。

「『千里眼』シリーズは日本のミステリ界には稀有な、ジャーナリスティックな視点を持った近未来小説なんですよ」と井倉氏はいう。たしかに「千里眼」第一作は、1998年に刊行されながら、すでに音声認識コンピュータが小型実用化しているうえに、自衛隊の装備もやや未来的に描写されているなど、発表よりも数年後の世界を舞台にしているように思える。シリーズ第二作の「ミドリの猿」から、時代設定はそれぞれの刊行当時に改められたものの、プロットの先見の明は変わることがない

井倉氏によれば、「千里眼」シリーズは現代版ノストラダムスの大予言ともいうべき、驚くべき"予知"が毎回描かれているという。第一作の時点で日本列島に飛来するミサイルの恐怖、旅客機を用いた大規模テロが事件の中核になっているが、これはそれぞれ北朝鮮テポドン発射事件と、米同時多発テロ事件を予言したものだ。第二作と第三作で登場する"ミドリの猿"は、クローン実験により誕生したものだというが、これもオレゴン・ヘルスサイエンス大学の科学者グループがクローン技術を用い、クラゲの遺伝子を猿の胚に移植、ミドリ色に光る猿の胚を誕生させた事実を先取りしている。

ほかにも同じく第二作、第三作に描かれる中国の気功集団『光陰会』の詐欺事件は法輪功事件を予知し、第四作「洗脳試験」では本田技研が"階段を降りる"ロボットを開発することや、人気クイズ番組「クイズ$ミリオネア」のカンニング事件などを予言している。これらの事件や社会事象は、いずれも刊行後数ヶ月から数年を経て起きたものだ。

そしてなんと驚くべきことに、2001年12月17日に発売された「千里眼の瞳」は、まさしくその発売日当日のニュースの数々「北朝鮮の拉致日本人に対する捜索全面打ち切り」「キム・ジョンナムいまだに国外潜伏、秘密活動中」「炭そ菌感染源特定」を、明確に予言しているのだ。23日には小説の内容に追随するかのように、一年ぶりに北朝鮮のものとみられる不審船が出現、海上保安庁の船と小説を地でいく砲撃戦を展開した。そして、数ヶ月後にはなんと、拉致被害者の帰国というセンセーショナルなニュースが日本を駆け巡ることになる。

続くシリーズ作「千里眼のマジシャン」は石原慎太郎東京都知事の構想を反映し、台場に出来たカジノを舞台に描いている。この物語の終盤、カジノは数々の問題を浮き彫りにし閉鎖となるが、なんとこれも発売から三ヶ月後、都知事が台場カジノ構想の放棄を決定。理由として挙げられた諸問題は「千里眼のマジシャン」の終盤の岬美由紀のセリフとほぼ同一であった。

シリーズ外の著書「マジシャン」には銀行のATMをコンピュータウィルスで混乱させる事件が描かれているが、書かれた当時は実現不可能に思えたこの犯罪も、2003年8月に米マイクロソフト社製OSを採用している銀行ATMがウィルスに初めて感染、驚くべき未来型犯罪への啓示の書となった。

その社会現象への洞察力の高さが話題となり、最新刊にはジャーナリストや思想家、外務省筋までもが注視する動きがある、と井倉氏は語るが、ただ、ちょっと待ってほしい。「千里眼」シリーズの著者である松岡圭祐氏への大方の評判といえば、たいていが数年前に映画化された小説デビュー作「催眠」についてのものであり、サイコサスペンス作家として「リング」の鈴木光司氏に続く存在として注目されたという点だろう。また、作家になる前は臨床カウンセラーとテレビのバラエティ番組で催眠術師を演ずる芸人を兼任し、映画化された「催眠」でもそのパロディを匂わせる場面が出て来たりと、「催眠術」関連において話題豊富なヒトだったはずである。冒険色の強い社会派サスペンス小説「千里眼」シリーズで専門家をも唸らせるその手腕はいつ、どこで培われたのか。松岡圭祐氏に、直撃インタビューを試みた。


北朝鮮拉致疑惑に始まり、米同時多発テロをクライマックスに描かれる「千里眼の瞳」は、いままでとはまったく異なるヒューマン・ノベルの傑作に仕上がっている。日本という国に生きる人々、その使命と運命とするところとは……。このシリーズを読んだことのない人にもおすすめだ。



「千里眼」は2000年に映画化されたが、出来はあまりよくなかった。小説にある社会性を含んだサスペンスがまったく活かされていないのだ。これは、プロデューサーが「催眠2」的ホラーに仕立てようと中途半端にテコ入れしたせいである。関係者も、松岡圭祐の書いた脚本どおりに映画化されなかったことに不満を漏らしている。「せっかく脚本として参加してくださったのに、完成作は90パーセント以上違ったものになってしまっている。松岡さんの書いたとおりのものなら、もっと面白い作品になったはずです」(東映関係者)





インドネシアのボロブドゥール遺跡を取材中の松岡圭祐氏。イスラム教徒の反米デモで平和が乱されつつあるインドネシアに、彼は何をみたのか。




「イリュージョン:マジシャン第二幕」は少年法の在り方と、少年犯罪の心理を鋭く突いた傑作ミステリだ。ここでは「千里眼シリーズ」と対照的な「静」の文体が読む者を心地よく酔わせてくれる。

戦争と平和を描く秀逸なる作品




「専業作家になったので、今ではもう小説以外の仕事はしてません」という松岡氏。愛車のメルセデス・ベンツで颯爽と現れた松岡氏は180センチの長身でがっしりした体格で、一般に思われているような小柄で神経質そうな感じはない。「こないだもバリ島で潜ってきました。取材のために海外へいくほかは、国内をクルマで移動してますけど、執筆は東京にいるときだけですね」

松岡氏によれば、もともと「催眠」はサイコサスペンス小説というジャンルにするつもりはなかったという。「カウンセラーが事件を解決するという、それまでの刑事や探偵の役割をカウンセラーに置き換えた、ただそれだけの小説です。『千里眼』シリーズになってもその路線は変わりませんね。社会派の事件を解決するヒーローとヒロインの物語です」

では、作品にこめられた数々の"予言"が的中しているという事実は、著者としてどのようにとらえているのだろう。松岡氏はいう。「数年後の近未来小説という描き方をしていくうえで、社会事象の先読みはあるていど必要になります。それらがうまくいったということでしょう。ただし『千里眼』シリーズはあくまで空想的な話ですし、たんにヒロインの活躍の物語として読んで楽しんでもらうだけでも、いっこうにかまわないわけです」
 

松岡氏はそのようにいうが、例えば「千里眼の瞳」は北朝鮮の拉致疑惑をはじめとして、これまでにない現実的な視点で描かれている。その辺りの変化は、どういう理由で生じたのか。

「第一作から三年経っても、主人公の岬美由紀は二十八歳のままです。すなわち、このシリーズはエピソードがつながっていながら、毎回リニューアルしている一話完結の物語でもあるのです。『千里眼』の時点では自衛隊の軍事サスペンスをファンタジーとして描くことができる時世だったと僕はとらえてましたし、現実も思いきって無視して、娯楽的に消化したところが多々ありました。たとえば米軍の警戒レベル五段階では『E』が最高で『A』が最低、というのが本当なんですが、僕は小説的に『A』が最高レベルとしたほうが、文面上納得しやすいし緊迫感もあると思ったんです。そのように演出優先になるところが、僕のやり方かもしれません。情報的なことは目立つようにはせず、しかし社会に通じるテーマはストーリーを読むうえで感じとっていってほしい、とそんな思いで書いてます。でも、『千里眼の瞳』はそれまでの作品とは違ってわりと現実的に書こうとしています。理由は、現在の社会が軍事をファンタジーでなく現実問題としているせいで、これを真っ向から描くことで問題を浮き彫りにしたかったからです。その意味ではこの作品は、シリーズの流れとは異なるものです。独立した一作として読んでいただいてもいいでしょう」

「イリュージョン:マジシャン第二章」なる作品では、家出少年が万引き犯に身を窶しながら、なんとか社会との関わりを保っていこうとするようすが描かれている。同作では、少年法のあり方を他の作家の小説とはまったく違う切り口で展開してみせる。まさに松岡作品は近未来を映す鏡の役割すら果たし始めているのだ。

「大阪までもこのクルマでひとっ飛び。乗ってて疲れないから、仕事もはかどるんです」

松岡氏の愛車はメルセデス・ベンツのAMG仕様車、E55(上)。誰もが憧れる高級車だ。「ステイタスより乗りごこちと加速のよさ。それに、大きさのわりに小回りのきくステアリング性能のおかげで、東京の狭い道をすいすい抜けられるのがいいですね」
松岡氏は他にメルセデス・ベンツSLK320(中)、最新型シーマ(下)も所有。







「運命論ばかりじゃ世の中はよくはならない
1分先の人生も、自分でつくっていくものなんです」


「千里眼シリーズ」がほかの多くの作家の描く"戦争と平和"路線の小説と大きく異なる点がある。これまでのシリーズもそうだったが、読後に爽やかさを残すのだ。

平和的解決のために




それも情緒的なものではなく、はっきりとした未来への希望を感じさせる、ある意味楽観的なヴィジョンがこめられている。これについて、松岡氏はいう。「日本文学はたいてい運命論に結びつく話が多いですが、僕はそうじゃありません。敗北も破滅も虚無感とともに受け入れることにある種のカタルシスを得られるという向きが、日本では主流のようですが、どうもね。そんな諦めの早いことでは、この国の将来はどうなるんでしょう。一分先の未来も、自分でつくっていくものだという自覚を持たねば。自分の小説では、常にそれを訴えつづけているつもりです」
最後に、「千里眼シリーズ」に描かれていて未だ実現していない事柄の数々――例えば北朝鮮からやってきた謎の女の本性――について、「これも現実になると思うか」を、松岡氏にきいてみた。

「この作品に書いたほど楽観的なことはありえないかもしれませんが、平和的な解決を望んでいます。近頃の岬はなかなか思った通り行動できないことに焦りを感じていますけど、案外本当の行動というのは、別のところにあるんじゃないか、とね。心のプロが表に立ってこういう難局を解決せねばならない時代が、すぐそこまできてると思いますよ」

テロ事件直後のニューヨークを取材。厳戒体制のなか、ひとけのなくなった路地を行く松岡氏。この街が平和で活気に満ちた都市に戻るのはそう遠いことではない、と松岡氏はいう。


常に常識を打ち破る作風で新機軸を切り開いてきた松岡氏。その類稀なリーダビリティの才能と、時事性を直感する才覚に圧倒される読者が多いなか、『あくまでエンターティンメント』とみずからさらりと言ってのけるあたりのかっこよさ。小説家も時代とともに変わっていく……それを体現してみせていることが、松岡氏のすごいところだ。


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